ホーム > 営業秘密・知財戦略相談窓口 > 知的財産戦略アドバイザーのコラム

知的財産戦略アドバイザーのコラム

本コラムでは、営業秘密・知財戦略相談窓口の知的財産戦略アドバイザーが、日々の相談業務の中で感じたことや考えていることから、営業秘密を管理・活用する
上で皆様のお役に立つようなちょっとした豆知識等を紹介しています。
※ 本コラムの内容は執筆者個人の意見を表すものであり、当館の見解を示すものではありません。
※ 仕様上、文字をかな表記にしている箇所がございますのでご了承ください。

第31回 10年目のアドバイザー
-INPITにおける自分史-/小原アドバイザー

初対面の社長から

私たちの仕事は「往診の多い病院勤務のお医者さん」に似ています。

初めて訪問する企業では、まず「問診(企業の実状の聴取)」をしてから、営業秘密基本事項のガイダンスをします。

持参した初学者用テキストの最初のページには、弁護士、弁理士を含む相談スタッフ全員の「一昔前の」顔写真が並んでいます。

最近、初対面の社長さんから
「写真の小原さん、若いねえ!」
と、言わることが増えました。

それもそのはず、
私のアドバイザー歴は、当月で「10年目」に突入しました。

先日観たドキュメント映画の中で、
「人は歩みを止めたときに、そして挑戦を諦めたときに、年老いていくのだと思います」
というアントニオ猪木の引退挨拶が、胸に刺さりました。

私も、この9年間「歩みを止めたコト」は一時もありませんが、
「確実に齢を重ねている」のは、紛れもない事実です。

事務所の移転

最初の大きな変化は「事務所の移転」でした。

70年近く特許庁内に居候していましたが、「独立行政法人なのだから、親離れせよ」というコトで、(一部を残し)地下鉄で一駅離れたオフィスビルへ引越しました。

新オフィス周辺の一帯は「城山ガーデン」と呼ばれ、複数の外国大使館と隣接しています。
都心なのに緑豊かなエリアで、職場環境は一変し、明るくキレイで静かな事務所で快適に仕事に専念できるのを、とてもありがたく思っています。

スタッフ増強/INPIT-KANSAIの新設

オフィス移転の少し前に、それまで3名だったアドバイザーが「5名体制」に強化されました。

単に、頭数を増やすだけでなく
「スキルの底上げ」をはかるべく、弁護士指導による裁判例や契約の(「特訓」とでも言うべき)定例勉強会を自主的に企画・提案し、専門性のブラッシュアップにも励みました。

機を一にして、『うめきた(大阪梅田)』に近畿統括本部が新設され、
近畿圏の営業秘密事案は同拠点に移管し、大阪常駐の相談員(エキスパート)が担当するコトになりました。

それまで、大阪・兵庫エリアは、個人的なコネクションも総動員して、足でコツコツ開拓営業をし、金融機関や経済産業局との連携も意識して活動していた「私の大票田」だったので、
個人的には「最大地盤(活動フィールド)を一気に失う大打撃」でした。

以降は、北海道、中国、九州地区に、活動の軸足を移し、失地を他のエリアでなんとか「リカバー」でき、現在は、全国各地からコンスタントにオファーを貰える状況が続いています。

セミナーテーマの変化

営業秘密管理の普及を目的とし全国各地で開催している「セミナー」の講師も、私たちの重要なミッションです。

当初は、
高度成長を支えてきた日本の電気メーカーが軒並み失速し、海外IT企業が急速に勢いを増していた時期だったのに鑑みて「オープン・クローズ戦略」にフォーカスを当て「新しい知財経営手法」として、詳しく紹介・解説しました。

直近では、
警察/公安と共催の「経済安全保障セミナー」で話をする機会が、極めて多くなっています。

参加者層が大きく拡がり、受講者数も格段に増え、営業秘密への関心がより具体的・現実的になってきたように感じます。

経済安全保障に関連する実務では
「営業秘密管理」が「輸出管理」と並んで、最重要アイテムです。

さらに、近々我が国にも導入予定の
「セキュリティ・クリアランス(適格性評価)制度」や「秘密特許制度」など
「だいじな情報を『秘密』として扱うコト」が、益々重要になっています。

コロナ禍にもめげず

私たちの企業指導の中で「各企業が保有する秘密情報を、自ら具体的に特定する実務」が、時間とエネルギーを要する最重要テーマです。
コツコツと地道な作業を根気良く成し遂げられた会社だけが、その努力の対価として「企業秘密の法的保護」を受けられるのです。

コロナウイルスが猖獗(しょうけつ)を極める中
職場では「出張禁止令」が発せられました。

秘密情報の棚卸し(リストアップ)では、企業の現場に赴き、五感を鋭く働かせ、社長に問いかけながら「その会社が守るべき秘密の特定の仕方」を共に考えながら実地指導するプロセスが必須です。

ですから
出張禁止は「アドバイザーの生命線を絶たれる」に等しい宣告でもありました。
しかし
組織の一員として、業務命令には従わねばなりません。
かと言って
「世のため、人のため」要素の大きい職務にありながら
困り果てている企業を見棄てて「座して待つ」訳にも行きません。

「最大限テレビ会議(オンライン)で対応するが、どうしても現地現物での確認が必要な場合には特例措置を望む」
と、OKが出るまで、執拗に上長に食い下がりました。

蛮勇を奮って、特別に出張許可を願い出て
市内ほぼ全域がクラスター化していた基地の街のメーカーを訪問したコトもありました。

あの時の、部長、組織の英断、度量の広さには、感謝の念を禁じ得ません

社会環境の変化

ビフォア・コロナの時期は
「IoT」という言葉がトレンディでした。

現在は、さらに広い見地で「DX化」が叫ばれ、監督官庁まで出来ました。

「在宅勤務(テレワーク)」が一気に普及し、新しい業務形態として定着しています。

一方で
大量コピーやデータ転送が桁違いに容易になる「デジタル化」は、企業秘密管理の面では「漏洩リスクの増大」に繋がります。

中小企業のDX化は、まだ「ペーパーレス化推進」の段階にある会社が大多数のように感じます。

書類の電子化を一気に進めたものの、サーバ/クラウドに「無秩序に放り込んだまま」
が散見します。

一念発起し、営業秘密管理体制の構築とリンクして
現場の5Sと同様に、サーバ内の整理・整頓を行い、階層構造の再構築を完遂し、電子データを含めた営業秘密管理体制をスタートさせた企業は、
「更なるDX化」に邁進していています。

これからの私

時を経て
職場で「営業秘密110番創設メンバーの生き残り」は、唯一「私だけ」になりました。

現在の上長(部長、部長代理)は、実に八代目です。
1年半〜2年のインターバルで、多くの職員が去来しました。
遮二無二仕事に没頭していて、気がつけば、私はINPIT職員「最古参」になっています。

前例のない事業で、教えて貰えるコトも、誰に聞くコトもできない状況も少なくありませんでしたが、とにかく「クチだけ動かすのではなく、勇気を出してアクションして来た」9年でした。

メーカー勤務経験しかない私は「役所の仕来り」が理解できず、地雷もかなり踏んだように思います。
「辛口批評」も「賞賛」も、共に受けました。

前出のドキュメント映画で、アントニオ猪木の言葉は
さらに続きます

この道を行けば どうなるものか
危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし
踏み出せば その一足が道となる
迷わず行けよ 行けばわかるさ

これまで幸運にも
「私、失敗しないので」と言えるアドバイザー生活でした。

精一杯、無い知恵を絞り、体を張って、先頭を切って歩きながら、何らかの道筋はつけて来られた気はしています。

いただいた名刺が4000枚を超えました。
お世話になった多くの人々の顔が、思い浮かびます。

関係各所、周囲の理解・協力があったればこそ
ナントカここまでやって来られたのだ
と深く感謝しています。

AIの時代に入って
企業の情報資産の秘密管理は益々重要になっています。
私の業務も、さらに困難な課題に直面することでしょう。

蓄積した経験値を活かし、ベテランの持ち味もじゅうぶんに発揮し
難題にも、逃げるコトなく、危ぶんで身を竦(すく)めるコトなく
みなさんと共に「挑戦を諦めず、迷わず、歩みを止めずに」前進して行きたいと、自分自身を鼓舞しています。

以上

第30回 会社サーバ内のデータ、スッキリしていますか?
-電子データの5Sを進めましょう-/小原アドバイザー

ヒミツのリスト

全国各地の知財総合支援窓口で活動する支援担当者の、地道なリサーチと熱心なアプローチが契機になって、それぞれの地域の企業が「営業秘密管理」の導入を決断された場合、
まず「何が、自分の会社の秘密情報かを判断・抽出する作業」、言い換えれば、「『秘密として守るべき自社の企業情報』の『管理台帳』へのリストアップ」からスタートするのが一般的です。

具体的には、各部署でピックアップされた企業秘密それぞれについて、台帳の
・情報名
・区分(極秘/社外秘)
・情報の種類(書類/電子データ/物件)
・情報の保管場所(書棚の場所/データが保管されているサーバ内のフォルダ名)
・アクセス権者・管理者
欄を埋めて行く「棚卸し作業」が、それにあたります。

そして、多くの場合、営業秘密管理準備実務の時間・エネルギーの大半が、この「管理台帳の整備」に、費やされます。

システム開発会社で

以前、数種類のサーバ(クラウドサービス)を使用してプログラム開発を行なっている、ヘルスケア関連システム会社のお手伝いをしました。
管理台帳作成実務に着手した直後に「開発者任せにして来た電子情報資産の混沌とした管理状況」が、浮き彫りになり、
社長からトップダウンで、
・サーバ(数)の集約
・サーバ内のデータ収納場所の階層構造の見直し・統一化
が、指示されました。

同社のシステム開発は、一部を外注先に委託する協働作業であったり、逆に、自社が、ベンダの下請けになるケースなど、様々な業務パターンがあり、各情報は「担当プログラマーの属人的管理」になっていました。
そこで、社長の右腕である新任の経営企画室長が司令塔になり、全社員一丸となって、サーバ(クラウド)内をスッキリ整理する作業に取り組み、ほぼ一ヶ月半で見事に完遂させたのです。

社長から、「『いつかは、やらねば』と思いつつ、ずっと手付かずのまま推移して来た電子データの整理・整頓を、営業秘密管理導入をトリガーにして決断し、結果として、業務効率の大幅改善に繋がった」と、最大級の賛辞をいただいたコトが、いまでも鮮明に思い出されます。

様々な業種で

今年に入ってから「DX化(Digital Transformation )」という言葉を、新聞・テレビ等で頻繁に耳にするようになり、非IT系の様々な業種でも「電子データの秘密管理台帳へのリストアップ」が、大きな課題になるケースが、非常に多くなっています。

・営業部門主導で、商用CRM(Customer Relationship Management)システムを導入し、そこに、全部門が、大部分の情報を詰め込んでしまっている大型機械部品メーカー
・リーダー社員に小型モバイル端末を貸与し、個人メモから顧客図面まで、ありとあらゆるジャンルの情報を、廉価なクラウドサービスなど7種のサーバに、無秩序にドンドン放り込んで、それらが、溜まりに溜まって累計数万件にまで達してしまっている樹脂加工メーカー
・広く正社員にタブレット端末を渡し、付属のカメラで撮りまくった帳票類・現物の写真画像を含む原材料・製造ノウハウ・開発情報、HACCP文書など、ほぼすべての社内情報を、スマホ用に開発されたデータベースアプリに、片っ端から収納し、社員の誰もが、随時アクセスできるようにしている食品メーカー
等々

「DX化」を標榜(ひょうぼう)し、まず、「ペーパーレス化」「モバイル端末の導入」を、積極的に推進している企業が、かなり多くなっています。
それらの会社(の経営者)すべてに共通するのは、「企業情報を広く社内(全社員)で共有すべき」との、信念とでも云うべき思想です。

それだけでなく・・・

・重要な情報が、営業マン個々人のノートPCの「デスクトップ」あるいは「マイドキュメント」に、溜め込まれていて、会社の管理から「治外法権」になっている精密計測機器メーカー
も、ありました。

昨今、上記のような「個人PC内に、蓄積され埋没し、実質的に私物化されている重要データを、どう扱うか?」が、営業秘密管理準備実務の最終段階で、「最後に残る大きな課題」になることが、極めて多くなっています。

電子データの特性を考えましょう

大容量のストレージ(サーバ/クラウド)が、安価で便利に使える世の中になりました。
「無節操に、ドンドン情報を放り込んで、検索機能で必要な過去の情報にアクセスし拾いだす」ような利用形態も散見されます。

日進月歩のITツールを活用すれば、業務効率の飛躍向上が期待されますし、諸外国に大きく遅れを取っている「デジタル化推進」は、いまや、国家的な重要課題になっています。

一方で、デジタル化された情報は、複製・転送などが容易で「一度外部に流出してしまうと、二度と流出前の状態に戻すコトができない特性(=流通の不可逆性)」を有し、秘密管理の面では、書類等に比べて桁違いに細心の注意を払わねばならないことは、言うまでもありません。

みなさんの職場では、「書類管理はシッカリ、電子データ管理はユルユル」に、なっていませんか?

まず、サーバ内の「5S」を

私自身のこれまでのアドバイザー経験では「サーバ内のデータ収納場所を階層化して、スッキリ分かりやすく管理・運用している企業」は、5社に1社程度の印象です。

一方で、ほとんどのメーカーでは、製造現場・事務所の5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)が、実践され、整然とした工場内では、書類はもちろんのこと、使用後の工具の置き場所まで「定点管理」されています。

それらと、まったく同様に
・必要な情報を
・決められたサーバ内のフォルダに
・会社から許可された社員だけが、いつでも取り出しやすいように置く
「サーバの5S」を、是非実践してみてください。

さて、どうやる?

みなさんの会社には、永年培って来た、独自の効率的な業務の進め方があるハズです。
まず、そのやり方に則った方法を、考えてみてください。
一般的には、 「フォルダの整理・整頓」=「サーバ内のフォルダ構成の見直し」を、行うことになるでしょう。
フォルダ構成が無秩序だと、例えば新人は、業務開始の都度、先輩に収納場所を聞かなければ、目的の情報を取得して仕事を進めることができません。
そして、フォルダの整理は、結果的に「ストレージ容量の削減/サーバ数の削減」にも、繋がるのです。

「共通ルール」を決めましょう

まず「共通の管理ルール」を決めて、全部門・全従業員に徹底してください。
管理ルールないと、時の流れとともに、ズルズルと元の無秩序状態に戻ってしまいます。

1)フォルダの「階層ルール」を決める
まず、
- 年度別フォルダ
- 部門別フォルダ
- 業務別(案件別)フォルダ
のような階層にして、
業務別フォルダは、さらに「秘密情報」「一般情報」「他社から開示された情報」に分類するようなやり方が、一般的と思われます。

2)フォルダ・ファイルの「命名ルール」を決める
さらに、
「先頭に日付」「極秘/社外秘」「他社情報」「部署名/チーム名/テーマ名」を入れるなど、
分かりやすく、社内で統一感のあるフォルダ・ファイル名を付与することも、重要です。

3)「アクセス権限」の決定を行う
そして、
最下層フォルダそれぞれの「アクセス権限の設定」を、必ず行なって下さい。

「情報の共有化」の名のもとに、全社員に無制限に、企業秘密を開放してしまっているのは、秘密管理の観点からは「極めて危険な状態」と、言えます。
本来与えるべきでない社員にまで、アクセス権限を広げてしまうと、重要な企業秘密の持ち出しや、ウッカリ編集・削除してしまうような事故の誘発にも、繋がりかねません。

個人PCにも

個人管理PC内に溜め込まれた電子データも、サーバと同様に、会社ルールに従って5Sを進めましょう。
「この機会に、すべてをサーバに移管してしまう」のがイチオシですが、何らかの事情で、すぐに実施できない場合でも「社内で決定したルールに従って整理・整頓を実行しておき、IT環境が整ったら即サーバに移管出来る状態」で、スタンバイしておいて下さい。

最後に、お忘れなく

ネットで販売された中古ハードディスクに、県庁の重要データが大量に残っていた事件が、大きなニュースになったことがあります。

PCや、オンプレ ( on premises:自社運用)サーバ上では、利用者がデータを「削除しただけ」では「そのデータは、まだ、復元可能な状態になっている」ことを、ご存じでしょうか?
これを知らずに、PC・サーバを廃棄し、機密データが漏洩するインシデント(事故)も、発生しています。

PCや物理サーバを廃棄する際には、「データを復元できない状態とする作業」を決して忘れぬようにして下さい。

「データの時代」だからこそ

私自身も、つい先日、在宅リモートワークの本格的運用を機に、職場から貸与されているノートPCの(アイコンが、画面に収まり切れないほど乱雑だった)「デスクトップの5S」を、実施し、結果、業務効率が格段に向上しています。

一念発起してサーバ内の整理・整頓を行った企業は、例外なく「大変だったけれども、本当にやって良かった」と、言って下さいます。

闇雲に「DX化」を進める前に、一歩立ち止まって「グチャグチャになってしまっている自社サーバの現状」を放置せず、「5S」をやってみましょう。

世間から優良企業だと目されていた我が国を代表するメーカーで、近年、俄かに信じがたい出荷データ改ざんの発覚が、相次いでいます。
経営幹部による平身低頭の釈明会見を聞くにつけ、「組織として(当該事業部門の担当役員ですら)永年に渡って、現場の杜撰なデータ管理の実態を、把握できないような業務運営になっていたこと」が、大きな要因だったのであろうと、思わずにはいられません。

そして、「これからの社会は、データが、石油に変わる社会の資源になる」とも言われています。
「データが事業を制する時代」だからこそ、企業にとって「データの5S」が必須の課題なのだと、世間の情勢や、昨今のアドバイザー業務を通じて実感しています。

第29回 「新しい日常」奮闘記-テレワークと営業秘密管理-/小原アドバイザー

緊急事態宣言下の、私たちアドバイザーの活動

昨年来、緊急事態宣言が幾度も発令され、世の中の状況が一変しています。
みなさんも、公私共に様々な不自由を強いられていることでしょう。

大半の仕事が「外出するコト」を前提に成り立っている私たちの業務も、大きな制約下で進めざるを得ません。

ライブ配信で

先日、ある地方で、会場に聴講者が参集し、私が東京のINPIT事務所からインターネット配信する「ライブ形式セミナー」の講師を務めました。

主催者からは「営業秘密について、多岐に渡る事項を90分かけて、じっくり、詳しく解説して欲しい」とのリクエストがありました。

入念なリハーサルも行い、準備万端整ったはずのライブ講演がスタート…
しか~し、開始後しばらくして、通信が「約5分間隔で途切れては繋がる」パターンを繰り返す状態に陥り、焦る気持ち、受講者への申し訳なさ、みっともない恥ずかしさが交錯し、さらに、予期せぬトラブルに開催事務局側もスッカリ動転してしまって復旧は絶望的…
いったい、どう収拾したものか「生放送中止宣言をして逃げ出したい」心境でした。

窮余の策として、細切れの「数分単位の接続ONタイム」を狙って重要ポイントのエッセンスを盛り込む「コーヒーブレイクが、やたらと多い、正味30分程度のダイジェスト版スポット講義」に急遽仕立て直し、アドリブでセミナーを続行させました。

平静を装いつつ、ハラハラ・ドキドキの90分が終了。
大きな敗北感の中、「これは酷(ひど)い」と内心思われたであろう受講者たちから、「却って重要事項がハッキリ認識できた」との慰めの言葉をいただいたものの、決して忘れられない痛恨事でした。

オンライン相談でも

私は、前職で永きに渡り、精密電子部品のプロセス設計、および高品質維持のための国内・海外量産工程の円滑な運用、合理化推進に関する業務に従事していました。

したがって、アドバイザーとしての“アピールポイント”は、知財スキルよりは、むしろ国内外工場での多くの実務経験に基づいた「相談企業の現場チェックの際の課題発見力」だと自負しています。

「企業に伺って行う対面支援が基本」の業務を、オンライン相談に切り替えざるを得ない現状は、そう云ったキャリアの私には逆風そのもので「隔靴掻痒(かっかそうよう)」の感が強く、訪問先で説明を受けながら現場を仔細に観察し、経験に基づいた体感、アタマに叩き込まれたバーチャル・チェックリストを駆使し、片っ端から状況・課題を把握・抽出する」コトが叶わない状態が、ずっと続いています。

「電話会議的なオンラインの打合せでも、従来実践し続けて来た現場指導と同等水準の、的を射た、踏み込んだ具体的・実務的アドバイスをするにはどうしたらよいか?」に考えを巡らし、
フットワークが軽く、経験豊富な企業所在地の知財総合支援窓口のベテラン担当者に現場チェックの代役を依頼したり、緊急事態宣言解除時の僅かな機会を狙って私自身がゲリラ出張をしたりしながら、なんとかアドバイザー業務を続けています。

日々の勤務でも

在宅勤務は、雑音が多かったり、自分で自分をコントロールしなければならない難しさはありますが、浮いた往復の通勤時間を、原稿執筆や新テーマのセミナー構想に充てるなど、以前は、定常業務に追われ、なかなか着手できなかったテーマにじっくり取り組めるメリットがあります。

また、たまに事務所で仕事をする際、僅かな出勤者どうしで不思議な連帯感が生まれ、従来ほとんど関わりがなかった他部門の職員と親しくコミュニケーションが取れてしまうようなことが、少なくありません。

それでも、すんなり「ニューノーマル」と割り切れる心境には遠く及ばず、頻繁に実施されるオンライン会議も、例え気心が知れたメンバーのみのチーム内ミーティングでさえ、相手の微妙な表情がはっきり読めない上に、何となく会話もぎこちなく、ストレスが募るばかりで、正直、最初は、なかなか馴染めませんでした。

そもそも「門外不出の企業の虎の子情報」を、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)するネット空間を往来させるコト自体、つい二の足を踏んでしまいがちでしたが、最近は、相談者も当方も「だいぶ慣れてきたナ」と感じるようになって来ました。

これからは、自分の持ち味を保ちつつ、新しい潮流も取り入れた「不易流行(ふえきりゅうこう)」の理念で、新境地を模索し続けて行かねばと思っています。

新しい日常と営業秘密管理

大臣、知事たちが、声高に「人流の抑制」を叫んでいます。
ワクチン接種が広く実施されるまでは、「テレワークのより一層の推進」が感染拡大阻止の要諦なのでしょう。

飲食業の制限等と共に、サラリーマンには、混雑する公共交通機関での通勤を避け、在宅勤務を極限まで推進することが行政・勤務先から強く求められ、もはや、テレワークは「新しい日常」として定着しつつあります。
人類の叡智で、ウイルスの猛威を封じ込めた後にも、テレワークは「働き方の一形態」として、確固たるポジションを保ち続けることでしょう。

昨年5月、経済産業省から『テレワーク時における秘密情報管理のポイント』という冊子が発行されました。
企業がテレワークを実施する際に注意すべきポイントが、Q&A形式(全10問)で、とてもわかりやすく解説されています。

該資料の全ての設問の解説に「予見可能性」という言葉が頻繁に登場します。
「予見可能性」とは、「危険な事態や被害が発生する可能性があることを、事前に認識できたかどうか」を意味する法律用語です。
(重大な結果を「予見」できたにもかかわらず、危険を回避するための対応・配慮を怠った場合、「過失」を問われることがあります。)

「何が会社の秘密か」を具体的に特定し、それを従業員に認識させておくこと、つまり「従業員の予見可能性を確保するコト」が、刑事的措置も備えた営業秘密管理のキホン中のキホンです。

在宅勤務を実施する場合、社員が会社の重要な書類を自宅に持ち帰ったり、自宅PCから会社データが蓄積されたサーバにアクセスして重要な企業情報を取得する場面が当然に想定されます。

従来の営業秘密管理は、「従業員が職場に出勤して仕事をすること」が大前提で、テレワークと言っても、専ら営業マンがモバイル端末を利用し社外で業務を進めるような限られたシーンを想定したものでした。

テレワークでのリスクを意識してください

急激な変化に対応せざるを得なく、闇雲にテレワークを導入してしまっていて「営業秘密の管理がされないまま、何らルールを定めずに従業員の自宅が職場になってしまっている」企業が少なくないように感じます。

企業秘密の観点からは「単に、勤務場所を、会社のデスクから従業員の自宅の食卓に移動しただけのテレワーク(在宅勤務)の実施は、ますます情報漏洩のリスクが高まること」だと認識してください。

そもそも、テレワークの導入には、「就業規則の改定」が必要になるケースがほとんどです。
そして、「企業秘密の管理(従業員の予見可能性の確保)」にも、同時に留意することを決して忘れないでください。

テレワークに関しては、前述した経産省のポイント集だけでなく、各所から分かりやすい資料が発行され、情報セキュリティの専門家が対応する公的な相談窓口も設置されています。

それらも積極的に利用され、
会社も社員も、企業秘密の漏洩リスクを十二分に意識した在宅勤務とすべく、「営業秘密管理も具備したテレワーク」を推進していただきたいと、心より願っております。

私どもINPIT知財戦略アドバイザーも、「企業訪問による現場指導」と「オンライン会議」を併用しながら、みなさまの新しい日常における営業秘密管理をご支援して行きます。

第28回 従業員が知っている秘密情報を守るには何が効果的?
―正当理由または権限のある従業員に対する秘密情報の管理措置―/北村アドバイザー

経営者からのよくある質問

「従業員が知り得た秘密情報の管理には、何をしておけばよいですか」

という質問が中小企業の経営者の方からよくあります。
質問の趣旨は、情報が漏えいしないようにするには、何をしておけばよいですか、
また、万一情報が漏えいした場合、営業秘密として認められて、差止請求や損害賠償などで保護できるようにするには、何をしておけばよいですかと言うことでしょう。
このコラムの読者のみなさんは、どのように対処されますか?

私はこの問いに対し、
『従業員が秘密であることを認識できるように、その情報にマル秘などの「秘密の表示」や、「アクセス権の設定」をして情報に接しにくくしておけばよいです。そのようにして、秘密を維持しておけば、情報漏えいも低減でき、営業秘密として認められます。』
 と回答してしまったことがあります。
企業の秘密情報のなかで営業秘密(不正競争防止法第2条第6項)として認められる要件は、
(1)「一般的には知られていない」
(2)「事業活動に有用な」
(3)「秘密として管理されている」
ものです。
この回答は、(1)と(2)の要件は充たしている前提で、営業秘密の要件で立証がしにくい(3)の要件に絞って最低限の秘密管理の措置を回答しました。
確かに情報漏えいを低減し、情報が漏えいした場合でも、営業秘密として認められるかもしれません。
正当理由または権限がない当該部署以外の従業員も含めて秘密情報を不正に取得、開示、使用しないようにするには、有効であると思われます。
しかし、この(3)の「秘密として管理」に絞った回答の場合であっても、今考えれば不十分であったと思います。
「従業員が知り得た・・・」という主体に着目すると、従業員はすでに「秘密の表示」を認識し、「アクセス権限」を有した状態で秘密情報にアクセスしているためです。これだけでは効果的とはいえません。理由は次の通りです。

営業秘密漏えい発生ルートの8割は従業員

独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)の「企業における営業秘密管理に関する実態調査2020 調査概要説明資料 2021年3月」によると、営業秘密漏えいの発生ルートは、「中途退職者(正規社員)による漏えい」が最も多く36.3%、「現職従業員等のミスによる漏えい」が21.2%、「現職従業員等のルール不徹底による漏洩」が19.5%です。
(参考: 独立行政法人 情報処理推進機構(IPA) 「企業における営業秘密管理に関する実態調査2020 調査概要説明資料」 p.7)
これらを合わせると約8割になり、営業秘密を漏えいしてしまう主体は、職務上、正当に情報を知り得た従業員等という結果になっています。
アクセス権を有して容易に情報を取得できたためと推察できます。
つまり、「秘密の表示」や「アクセス権の設定」という措置だけでは、職務上、正当に情報を知り得た従業員には十分に機能しないと考えられます。
それでは、どのような措置すればよいでしょうか

従業員が知り得た秘密情報を守るには

中小企業を訪問支援する際には、秘密情報を知り得た従業員へ次の2つの措置をおすすめしています。

1.秘密保持の契約をする
正当に情報を知得した従業員等の「頭の中の秘密情報」は、消すことができません。そのために、その秘密情報をミスなどで使用しないように、開示しないように入社時と退職時に約束してもらうことをおすすめしています。その際には、損害賠償規定を設けて秘密情報の漏えいの抑止力を高めるように助言しています。

2.情報管理教育をする
さらに、秘密保持の契約が従業員の入社時だけで形骸化しないように、忘れないように、情報管理教育を行って、従業員が営業秘密に関する感覚を磨き、注意を喚起することをおすすめしています。

ここでの情報管理教育とは、営業秘密の重要性や自社の営業秘密、外部に漏らさないための自社の営業秘密管理ルールなどの教育です。
毎年、情報管理教育後に従業員等から誓約書という形式で秘密保持の契約を結んでいる中小企業も少なくないです。
このように定期的に情報管理教育や秘密保持の契約を行う中小企業は、「秘密として管理されている」措置が徹底されているといえるでしょう。
そして、万一、秘密情報が漏えいした際にも、「秘密として管理されている」として推認されて営業秘密として保護されることも容易でしょう。

「従業員が知り得た秘密情報の管理には、何をしておけばよいですか」という中小企業の経営者からの質問に対しては、
『「秘密の表示」や、「アクセス権の設定」に加えて「秘密保持の契約」「情報管理教育」をしておく』
ように対処することも良いのではないかと思います。

実際に、ある企業では、年に1回、12月に定期的に教育をしています。その際には、その年のインシデントや秘密情報の更新情報も含めて説明して、従業員の営業秘密に関する感覚を磨き、注意を喚起しています。
参考となる従業員、退職者、取引者、外部者への秘密保持契約のひな型は、経済産業省発行の「秘密情報の保護ハンドブック(参考資料2)」に掲載してありますのでご活用ください。

第27回 受注が絶えない企業の秘密/古田アドバイザー

はじめに

私たち知的財産戦略アドバイザーは、全国の中小企業を中心に訪問し、営業秘密の支援活動を行っております。
訪問する企業は、過去のトラブルから営業秘密の管理体制を支援してほしいという企業、
特許や意匠の権利は取得しているが営業秘密管理はこれからの企業など様々です。
その中で、私が先日50年もの歴史を持つ電機部品製造会社を訪問し、支援した例をご紹介します。

企業の状況

この会社は、電機部品に関係する特許権を取得しており、受注最盛期には国内のほとんどの大手企業と取り引きをしていました。
しかし、今はそれらの特許は権利が消滅しています。
特許権の存続期間は出願から20年で、権利が消滅するとその内容を誰でも自由に実施することができます。
これらの特許の内容をもとに同業他社が同じ電機部品を製造し、より安価な価格で販売していてもおかしくない状況です。
このため、大手企業からの受注量はピーク時よりも減ったそうです。
しかし、全く取引がなくなったわけではなく、継続して各社から受注をいただき製造を続けていました。

企業のヒアリングを通じて分かったこと

最初にこの会社を訪問したとき、営業秘密の概要や権利化・秘匿化についての社内セミナーを行いました。
そこで、「御社の技術に関係する秘密情報にはどんなものが有りますか?」と尋ねましたが、答えは返ってきませんでした。
おそらく、会社の電機部品を製造するために非常に役に立った特許権は内容が公開されていることから、技術に関係する秘密情報など無いと考えたのでしょう。

けれども、依然として受注はきています。 なぜでしょう?

いったいどのような秘密があるのか、私はその会社の技術情報を見極めるべく、その企業が製造している電機部品にはどのような技術が必要となるか、同僚アドバイザーとも意見交換を行いました。
さらに、もう一歩踏み込んで、設計責任者や製造責任者と工場内を見学しながら、現在の生産状況について意見を交わしました。
大手企業からの受注内容を見てみますと、顧客の要望・仕様に応じた設計を必要とするものがほとんどで、この会社が今まで培ってきた製造の記録から、(1)設計仕様書、(2)設計手順書、(3)作業標準、(4)個別の検査方法、を参考に応用設計をしているようでした。
この記録から、特許に関する公開情報や製品の外観からは読み取る事の出来ないノウハウやアイデアが受注・製造に絡んでいることが分かりました。

たとえ権利が消滅した特許の内容をもとに他社が製造しても、この製造ノウハウ・アイデアがないと同じ製品は作れません。
これらノウハウ・アイデアはたいへん重要な営業秘密であり、同時に企業の有効な強みです。
この気づきをきっかけに、この会社では社内のノウハウやアイデアを見直して、○○は営業秘密として管理し、○○は権利化して特許出願を行うといった活動が行われています。営業秘密を見出す良いきっかけとなり、また、改良特許の検討もするようになりました。

結び

上記のような事例はこの企業だけでなく、他にも、特許権が消滅したと言って、特別ほかの技術がある訳ではないと悲観的になる企業が見受けられます。しかしながら、特許権が消滅しても、他社からの取引が絶えない背景には、企業では認識していない独自の強みが隠れている可能性があります。
そこで、自社の持っている技術情報、ノウハウを洗い出し、特許や意匠などの権利化するべき技術と、営業秘密として秘匿化する技術を見極めて適切に管理し、その強みを販売戦略等、経営に反映させることが重要です。

たとえ自社では当たり前と思っているものでも他社にとっては重要な情報であることもあります。
私どもアドバイザーが営業秘密管理体制構築に向け、自社情報の棚卸しもご支援いたします。営業秘密・知財戦略相談窓口に是非一度ご相談ください。

第26回 「のぞみ」に乗った 営業秘密/小原アドバイザー

突然の記者来訪

新型ウイルスが猖獗(しょうけつ)を極める中、多くのみなさんの企業・組織と同様に、私たちの所属するINPITも、「在宅勤務」が「新しい日常」として定着し、職場の雰囲気が見えぬまま出勤することも少なくありません。

先日、出張・在宅勤務の続いた後出勤すると、上長から「昨夜遅く雑誌取材のオファーがあり受けるコトになった。急なことだが同席して欲しい。」と告げられ、とにかく提供できそうな資料をかき集め、インタビュー会場の会議室に赴きました。

そして取材がスタート

取材を受けたのは、東海道・山陽新幹線に乗車すると「時代の先端を行く雑誌」とのキャッチコピーがアナウンスされ、車内ワゴンサービスや駅キオスクで販売されているビジネス誌です。

部長代理以下の事務方、私を含む複数のアドバイザー、計数名が仰々しく待ち受けているのに、記者は少し驚いた表情でした。

我が国メーカーのハイテク技術が中国へ漏洩した直近の複数の事件に記者の関心が深く、私たちの窓口が扱って来た「警察連携事案」についてネタ取りをしたい意向が窺えました。

記事にすれば読者の興味を強く惹くであろう、記者が大喜びで飛びつきそうな、私自身が関わった事案がいくつかありました。

しかし「事件が起きたコト自体が企業秘密」ですから、そう云った話題を軽々に提供することは、秘密厳守が大前提の職務ゆえ当然許されません。

話題提供に腐心し

冒頭に、組織の成り立ちや、相談窓口の業務概要・体制について上長がプレゼンし、次いで、全国各地の企業を日々訪問しているアドバイザーが、投げかけられる質問に、それぞれが肌で受け止めた印象を加えながら回答して行きました。

しかし、時間の経過と共に、なんとなくインタビューが低調になってきたように、私には感じられました。

「いかん! 一世一代の窓口PRの場を、この流れのままシュリンクさせる訳には行かない。なんとかせねば」と、警察沙汰以外の、自分が手がけた様々な具体的業務にアタマを巡らし、

・全国を見渡すと、相談案件は(新幹線が走っている)愛知県が圧倒的に多い。
・コロナ禍以降、アドバイスを求めて来る会社の質が明らかに変わって来ている。
自社の技術情報を守るため、米国ベンチャー等がやっているように、個々の技術者が扱える情報をマトリックス表にして、より厳密な管理を実践し、それが漏洩対策にもなっている中小メーカーもある。
・感染症対策でテレワークを実施する際には、営業秘密管理が必須であることを、様々な地域の広報誌等に寄稿し強く訴えたところ、全国から大きな反響があった。
・営業秘密管理に取り組んだことで、「自社重要情報の見える化が図られ、事業承継に大いに役立った」と経営者に感謝されることが少なくない。

等々、記者の興が醒めぬよう、思い浮かんだ実例を次々に述べ立て、また、同僚アドバイザーも前職での経験を含めた展示会での要注意アイテムなどを披露し、1時間弱の取材が終了しました。

のぞみよ「経営者に届け」

インタビューから二週間弱で職場に届いた出来たての雑誌には、特集記事の中で、私たちの窓口業務が詳しく紹介され、一心不乱に説明したコメントも、私の名前・職名と共にシッカリと記事になっているのを確認し、ホッとしました。

この雑誌は、新幹線グリーン車全座席のポケットに最新号が常備され、グリーン車の乗客は自由に読むコトができると聞きました。

きっと、「のぞみ」で東京ー博多太平洋ベルト都市間を精力的に行き来する様々な企業経営幹部の目に留まることでしょう。

記事を読んでいただき、一人でも多くの方の「我が社でも営業秘密管理に取り組むべきかな」という気づきに繋がって欲しいと云う私の「のぞみ」が叶うことを、企業訪問で頻繁に乗車する新幹線「普通車」のシートから願っています。

※記事は、次のリンクからご覧いただけます。 「Wedge」1月号『狙われる技術大国・日本、企業の「営業秘密」を守るには』(外部サイトにリンクします) また、誌面は、東海道新幹線車内や書店のほか、web版でも購入いただけます。 月刊ビジネスオピニオン雑誌「Wedge」(外部サイトにリンクします)

第25回 「秘密情報管理台帳」という魔法のシート―営業秘密管理への道しるべ―/小高アドバイザー

各地の発掘活動を起点に

常々、私たちINPIT知的財産戦略アドバイザーが日本各地にある皆様の企業へ足を運ばせていただいている主なきっかけになっているのは、
47都道府県ごとに設置された知財総合支援窓口の相談員からの紹介が多くを占めています。

相談員の方々は足を棒にして、あるいは熱心な電話アプローチによって、「企業秘密の管理」に関心のある、あるいは、その必要性の高い企業を発掘します。それらの企業を相談員とともに訪ね歩き、秘密管理の重要性や必要性を理解していただき、具体的なアクションにつなげるのが私たちアドバイザーの主な業務です。

相談員の方々の熱意により、面会が叶った超多忙な企業トップが「まあ、やってみるか」と思ってくれる企業が過半数です。各地の相談員の労に報い、1社でも多くの企業の「虎の子情報」を守ることが、我々アドバイザーに課せられた大きなテーマのひとつです。

さあ、何からやる

我々アドバイザーの初回訪問で、なんとか企業トップの琴線に触れ、「活動着手」に漕ぎ着け次は企業トップに「手始めに、何をどうやるか」を、具体的にイメージしていただき、実務をスタートしてもらわなければなりません。
私自身は、“営業秘密110番”が開設されて3年目の2017年夏に電機メーカーからINPITに転じてきました。
着任当時、先輩アドバイザーたちが、支援活動の開始直後に、担当している各企業の「秘密の特定(何が自社の『秘密情報』かを決定する作業)」の支援に、四苦八苦している様子を目の当たりにし、何か貢献できることがないか試行錯誤しました。

「秘密管理3点セット」

そこで、新人アドバイザーとして、何か風穴をあけるブレイクスルーを提案・実行せねばと、考えを巡らしていたとき、
前職の製造現場で良く耳にした「QC7つ道具」ならぬ
(1)秘密情報管理リスト(台帳)
(2)社内規則(秘密情報管理規程ミニマムバージョン)
(3)退職時の守秘義務誓約書
の「秘密管理3点セット」が、ふとアタマに浮かびました。
この3点セットを完成させることこそが、私たちアドバイザーの企業支援のひとつのゴールであり、同時に皆様の秘密管理のスタートであることを企業にイメージして貰うことは、初回訪問のときにだって大いに役立つハズと確信したのです。

(1)の秘密情報管理リストが最も重要です。
(2)、(3)は、何が「管理の/守秘義務の対象か」が確定していないと、まさに仏作って魂入れずとなり、何ら意味をなしません。
ですから、(1)の出来/不出来が、支援活動の、そして当該企業の営業秘密管理の成否を決めるといっても過言ではありません

苦心のテンプレート設計

一番の要である、(1)秘密情報管理リスト。どのような入れ物(情報テーブル)を作ったら、営業秘密の最重要要件である「秘密管理性」を充足できるだろうか――。

時には私が前職で記入してきた秘密情報の調査リストをイメージしたり…、時にはアマゾンでISMS事例集を購入したり…、時には私が訪問支援で企業とともに作成した具体的なテーブルを参考にしたり…、時には先輩アドバイザーと侃々諤々の議論を行ったり…。

より実効があり、より全社員に分かりやすく、秘密管理性要件に過不足ない」理想形を目標に、検討に検討を重ねました。そのような試行錯誤のもと、完成したものが右図のような秘密情報管理台帳のテンプレート案です。(画像をクリックすると拡大できます。)

さらに、管理部門と製造部門とをモデルとした凡例(実例)を記載し、「テンプレート完成版」を仕上げました。無駄は一切ない、至ってシンプルな台帳形式になっていて、大抵は「各部門にシート1枚」を割り振って利用します。

この情報テーブルの空欄がすべて埋まり、リストアップされた情報に秘密の明示(書類へのマル秘スタンプ押印など)がされれば、管理体制の運用開始は、もう目の前です。そして、(2)社内規則(秘密情報管理規程ミニマムバージョン)・(3)退職時の守秘義務誓約書のステップへと続きます。

営業秘密管理までの流れ

(2)社内規則の秘密情報管理台帳の作成については、

・まず企業内の重要情報をもれなく棚卸ししてから、秘密情報をピックアップして台帳に落とし込む
・手当たり次第、重要書類にマル秘スタンプをポンポン押してから、それらを台帳に転記する
・QCサークル活動的に、従業員が部門ごとにミーティングを開催して「ライバル企業へ転職する同僚に持ち去られて困ること」をテーマにブレインストーミングした結果を集計する

などなど、やり方はそれぞれです。私どもアドバイザーも企業の状況によってそれぞれに最適の方法をご提案させていただきます。そして、情報テーブルの空欄がすべて埋ったら、あとは、リストアップされた秘密情報それぞれに秘密の明示(押印/アクセス制限の実施)をします。

さらに (2)秘密情報管理規程の作成 、(3)退職時の守秘義務契約書の作成 をすれば、これで営業秘密管理の準備完了です。((2)、(3)は雛形を参考にすれば、どんな企業でも短時間で作成可能です)

いかがでしょう?そんなに難しくないと思いませんか?

なお、企業によっては、既にISO 9001やHACCPの認証を受けているところもありますが、これらでは「文書管理」が要求事項になっています。これらが維持管理されている企業は、既存の「文書・記録台帳」に数項目(縦の列)を加えることによって、いとも簡単に台帳を情報リストに変身させることができます。

後継問題にも、経営にも

実は、この秘密情報管理台帳を活用して想定外の副次効果もありました。この台帳を完成させた複数の社長さんから「長男への数年後の家業引継ぎを考えていたが、これは大いに役立つ資料だ」と、とても喜ばれました。また事業承継の場面だけでなく、経営者にとって重要な「企業の強み」が可視化された経営資料にもなっています。

3点セットを握りしめ

今では、このテーブルを含む「秘密管理3点セット」が我々の活動になくてはならない「必須アイテム」になっています。また、これらは企業訪問の際にも初回から大きな力を発揮してくれています。皆さまの企業内で現状でも、なんらかの情報管理は実施されていると思います。しかし、それが暗黙の了解や性善説、従業員それぞれの道徳観に依存したものであれば、非常に脆弱で、「管理している」といえるレベルには遠く及びません。ぜひ、大事な企業の秘密を、法律で保護される営業秘密にレベルアップすることを、この機にお考え下さい。

上でも述べましたとおり、自分たちが大事だと思う情報を「企業の秘密情報」として特定して管理するだけの、極めて単純・明快な活動です。高度な知識も、審査も登録費用も、維持料も一切不要で、特許などに比べ格段に容易に取り組める、中小企業にピッタリのテーマです。

悩むこと、分からないことがあれば、私たちアドバイザーが「秘密管理3点セット」を携えて皆さまの企業に伺い、わかりやすく、より具体的にご説明し、より効果的な企業秘密管理手法をご支援いたします。公的な無料サービスで、レポート提出や発表などの報告義務も一切ありません。「安心を得るために」やらない理由はないハズです。私たちと一緒に最初の一歩を踏み出しましょう。

第24回 「まごごろ」のヒミツを守るために―事業所の移転・リフォームは、
営業秘密管理導入の「絶好のチャンス」です―/小原アドバイザー

ママ友でスタート

主婦が自宅で起業し「従業員すべてが女性」の、その小さな肌着メーカーは、広島の市街地に建つ古いマンションにありました。

経営者と言うより「控えめで優しいお母さん」といった印象の社長さん、テキパキと実務を切り盛りする主任さんは、それぞれのお子さんが小さい頃、同じ幼稚園に通う「ママ友」だったそうです。

ひと部屋でスタートした会社は、徐々に業容を拡大し、私たちが初めて訪問したときには、同じマンションの上下階に分散する3戸を使って運営されていました。

優しい素材・着心地の肌着へのこだわり

起業のキッカケは、お子さんが乳児だったときに発症したアトピー性皮膚炎をなんとか快癒させたいとの一念で、評判の良い各地の皮膚科医院を訪ね歩き、漢方処方や、自然食品による食事療法にも熱心に取り組んでいたときに、「木綿が肌に良い」のを知ったことでした。

一口に「木綿」といっても、栽培時に大量の農薬散布による害虫駆除を行ったり、染色プロセスで薬剤処理を経た生地で作られた衣類は、かえって敏感肌には好ましくありません。

最終的に行き着いたのは、遺伝子組み換えなどを行わず、良好な労働環境で製造され、SDGsにも通じる、
フェアトレードのオーガニック・コットンでした。

さらに、下半身の血流やリンパの流れを遮る「締め付け」のない、心までホッとするようなデザインにこだわった結果、
「優しい素材と着心地の肌着」が誕生したのです。

社長の夢

競争の激しい業界ですが、クチコミや、医師の後押しなどで、次第にファンも増え、ネット販売を中心に、同社の事業は順調に推移しています。

一方で、社長には、「将来、自社オフィスを様々な女性カルチャーの発信源にもしたい」という永年の「夢」がありました。

ちょうど私たちの訪問は、事務所・作業所のキャパが限界に達し、社屋の全面リニューアルの必要に迫られ、「夢を現実にする」時期にもあたっていたのです。

「秘密情報の棚卸」からスタート

「引っ越しを機に、会社の情報資産を使いやすく整理・保管し直して業務効率を上げたい」と考えていた社長には、営業秘密管理の導入は、恰好のテーマに映ったようです。

まず、マンション和室の床の間や押入れの奥にまで、あちこちに分散して置かれていた「大事な書類ファイルの背表紙」や、「サーバー内の重要電子フォルダ名の先頭」に、片っ端から「極秘/社外秘」表示を付し、それらを一つずつ「台帳」に転記することからスタートしました。

作業は、業務が繁忙な時にも息切れすることなく、几帳面な取り組みで、根気良く、着実に進められたのです。

さらに「基本契約の整備」も

同社は、試作品と一部の商品は社内製作ですが、ほとんどが外注生産です。
優しい肌着用に厳選されたオーガニック・コットン生地は、縫製が大変難しく、手間がかかり、丁寧な仕事を要求されます。
したがって、社長のお眼鏡に適った、高度な縫製技術を有する国内の委託先とはいえ、「優しい素材と着心地の肌着」の実現は、「微に入り細に穿(うが)つ作業指示」なしでは、成り立ちません。

アパレルの世界では、国内外・大小様々なライバルが凌ぎを削っています。
したがって、新商品のデザインに加え、自社の縫製ノウハウがぎっしり詰まった「製作指示書」の内容が、うっかり競合他社に漏れ伝わらぬよう、外注縫製工場には厳重に管理して貰う必要があるのです。

従来は、「社長どうしの信頼関係」だけが守秘の拠り所だったのを、この機会に弁護士(広島県知財総合支援窓口の配置専門家)の指導を受け、秘密保持条項を含む自社オリジナルの『縫製委託基本契約書』を整備しました。

新社屋でのキックオフ・ミーティング

原爆ドーム至近の市中心部に位置するワンフロアの新社屋は、「大窓から緑の拡がる景観を望むショールーム」、「縫製職場」、「事務所」からなり、広々とした明るいショールームは、「カルチャースクール的な講演」や「手作り教室」など、様々なイベントが企画・開催される、女性向けの文化・コミュニティーの発信スペースに変身します。

完成したばかりのそのサロンを教室にして、全従業員参加の「キックオフ・ミーティング」を開催し、
 ・私たちの助言をベースに新たに制定した「秘密管理規程(社内規則)」
 ・主任さん中心にコツコツと地道な作業を厭わず完成させた「企業秘密台帳」
それぞれの内容説明・確認を目的とした社内研修を行い、同社の営業秘密管理が、いよいよスタートしたのです。

当日は、来賓として中国経済産業局の女性幹部、本活動のキーウーマンであった広島県知財総合支援窓口担当者も同席し、「黒一点」の私が、説明・進行役を務めました。

意識改革がアクションに

この会社では、営業秘密に取り組んだことによる副次効果として「社員の意識改革」が顕著でした。

従来、受注情報は、SNSを利用し従業員の私用スマホ上で共有し運用されていましたが、社員からの「顧客情報保護の観点から問題ではないか?」との提言が契機になって、より安全な他の方法への切り替えが、即断即決されました。

また、後日、地元出身の人気タレントを伴ったバラエティー番組クルー訪問の際には、取材場所をショールーム兼サロンに留め、ガラス越しの新商品試作中の縫製現場は、急ぎ「カーテンで遮蔽し」撮影させなかったそうです。

「何を企業秘密として守るか」が、全員に徹底されていたからこそ、咄嗟(とっさ)に、そのような的確な判断・アクションが出来たのでしょう。

社屋移転、改装は最大のチャンス

利益のみを追求するのではなく、従業員わずか8名の企業ながらも「文化への貢献も果したい」という、志の高い、まさに優しいお母さん的「フェアトレード」経営の姿勢は、なにか「清々しさ」のようなものを私たちに感じさせ、訪問のたびに「この会社の力になりたい」との思いを強くしました。

また、私たちの助言を実直に守って下さり、決して手を緩めない、真摯な取り組み姿勢も、とても立派でした。

「社屋の増改築」、「事業所の移転(引っ越し)」などの際には、
 ・書類・物品の整理
 ・書棚など収納場所の新設・更新
 ・レイアウト変更による人・物の動きの効率化
 などが、当然期待されるはずです。

メーカーであれば、整理・整頓を基本とする「5Sの徹底」にまでは、考えが及ぶでしょうが、
従業員の意識改革をも実現できる営業秘密管理を、「ついでに」取り組めてしまえる『絶好のチャンス』でもあります。

「データの時代」と言われるこれからは、情報資産である「企業秘密」の重要性が、益々大きくなることが予測されます。
引っ越し、増・改築の機会には、ぜひ、営業秘密管理(法的措置も具備した企業秘密管理)の導入をお考え下さい。

第23回 営業秘密を知るとセールストーク力アップ!?-営業秘密研修のすすめ-/北村アドバイザー

無意識に営業秘密を語っていませんか?

私たち知財戦略アドバイザーは日々、様々な中小企業の経営者にお目にかかります。
多くの場合は、社長自らが営業担当者であり、とても熱心に技術情報やアイディアについて説明してくださいます。
しかし、いざ企業支援が始まり営業秘密の洗い出しをしてみると、鉄板のセールストークやプレゼン資料に用いている情報が秘密情報満載だった、なんてことがあったりします。

皆さんも胸に手を当てて思い返してみてください。
あの営業の打ち合わせで、社内で隠している情報をうっかり伝えてしまったな――
仲の良い他社の人と懇親会をしたときに、うちの技術のミソをぽろっとこぼしちゃったな――
なんてことはありませんか?

そんなことにならないように、営業秘密の研修は経営者、営業担当者にも実施することをおすすめします。

営業担当者は、他の職種に比べてお客様に接する機会が多く、自社の強みとなるノウハウなどの営業秘密を売込みに活用して、漏えいさせてしまう危険性も高いのです。
   ・・・自社の営業秘密を漏らさないように!  自社が被害者にならないように!
また、お客様と接するうちにお客様の営業秘密を知り、無断でその営業秘密をうっかりしゃべってしまう可能性もあります。
   ・・・他社の営業秘密を漏らさないように!  自社が加害者にならないように!

営業秘密の研修とは

では研修ではどんなことを行うのでしょうか。

例えば以下の内容があげられます。
・営業秘密(技術情報、営業情報)の重要性や関連法律の理解
・自社における営業秘密管理の組織概要
・自社の強みとなるノウハウなどの営業秘密・公開情報
・外部に漏らさないための営業秘密の管理ルール(参考:「秘密情報の保護ハンドブック ~企業価値向上にむけて~」p.152/経済産業省HP

ここでの管理ルールとは、「アクセス権者以外の者には、秘密情報を開示してはならない」など企業全体のルールのことです。
多くの中小企業はこの管理ルールに基づいて、コンピューター上の電子情報は、その情報が壊れやすく、改ざん、破壊、盗用されやすいためにパスワードやアクセス権の設定等の対策(情報セキュリティのルール)を施して情報を保全しています。

研修のやり方は
階層別に、部長、課長などを対象に研修を行っている企業や、
職種別に、ノウハウなどの技術情報が流出しないよう、技術情報に直接接する技術担当者などを対象に研修を行っている企業、
などさまざまです。

例えば、取引先への売込みなどの際に、どこまでが営業秘密か、どこまでが公開情報か、を理解していないと
・どこまで話してよいのか迷ってしまい、他社より優れたノウハウなどの自社の強みとなる公開情報が活用されず、売れるはずの商品・サービスが売れないことになります。
   ・・・失注しないように!
・売込みに熱心なあまり、必要以上にノウハウなどの営業秘密を説明してしまうことにもなります。
   ・・・ノウハウなどがライバル会社に知られて売り上げ減にならないように!

営業担当者も営業秘密の研修をすることで、こういったリスクを軽減できます。
このような取組への参画に後ろ向きな社員を巻き込むには、企業トップのリーダシップが期待されます。
是非、研修の重要性をご理解いただき、トップから職種問わず参画されるよう働き掛けていただくことをおすすめします。

営業秘密への理解は受注拡大に通ずる?!

営業担当者が自社の営業秘密を理解することは、自社の強みを理解する事につながります。
秘密を知る事により、強みであるノウハウなどの理解が深まり、どこまでセールストークとして良いかもみえてきます。
そして、「自社の商品・サービスは、他社の知的財産権を侵害していない独自の○○ノウハウを使った優れた商品・サービスです。」というように自信を持って自社の商品・サービスを説明することができるようになります。

その結果、
・お客様から自社の商品・サービスに対して安心感や信頼感を得ることができます。
・自社の強みである独自の○○ノウハウなどをセールストークに使用して受注拡大に貢献できるようになります。
・お客様の課題やニーズも正確に把握して、開発担当者へ情報提供することができるようになり、自社の商品・サービスなどの更なる改良に役立てることもできます。

このように、お客様からの信頼度が上がり、引き合い⇒見積⇒受注⇒フォローの営業活動が効果的に回り受注拡大に繋がることが期待できるかもしれません。
自社の収益の源泉となる営業秘密(技術情報、営業情報)を振り返ることで、自社の強みをセールストークに取り込み、説得力のある営業活動ができるかもしれません。
INPIT営業秘密・知財戦略相談窓口では、営業秘密管理の重要性を理解してもらうために中小企業を訪問して営業秘密に関する社内セミナーなども実施しています。もちろんWebでのセミナーも承っております。ぜひご活用ください。

第22回 「契約」にも気配りを―数年ぶりの「実践?英会話」―/小原アドバイザー

想定外の英語プレゼン

先日、輸送機器大型部品専用の工作機械を設計・製造する、小規模ながら海外でも技術力を高く評価されている企業を訪問しました。

同行者(訪問先を紹介して下さった自治体のベテラン職員)運転のクルマが、かなり早く現地に到着してしまったため、会社前の路肩で、約束の時間まで待つことに・・・

しばらくして出社して来た、長身でダンディな社長さん(米国人)が、「そんなところにいないで、こっちに来なさい」と、にこやかに社長室に招き入れてくれました。

挨拶もソコソコに、「初回訪問だし、せっかく朝早く来たのだから、打合せのイントロとして、営業秘密管理について、分かり易く概説して欲しい」と、リクエストされました。

しか?し、この社長さん、日本語の聞き取りが苦手だったのです。
さらに、「博識で、当然英語も得意なはず・・・」と当てにしていた同行者は、間際になって「英語がまったくダメ」と判明。

消去法で、私が英語での説明に挑戦することに・・・
以前は、毎朝欠かさず聴き続けていたラジオ英会話講座を「もう、使う機会もないだろう」と、アッサリ自主退学してしまったことが悔やまれましたが、蛮勇を奮って、ブッツケ本番の「英語プレゼン&質疑応答」をスタートさせたのです。

たまたま、出張カバンの中に入れてあった、救いの神の「不正競争防止法:“Unfair Competition Prevention Act” 和英対訳条文」のコピーと、首っ引き、「冷や汗を拭いつつ」のレクチャーでした。

企業は、百社百様です。
想定外のハプニングに、臨機応変に対応できる術を身につけておくことも、我々アドバイザーにとって必須アイテムであることを、思い知らされました。

そして30分ほど経ち、悪戦苦闘の片言ガイダンスが終盤に差し掛かった頃、語学堪能な同社幹部が出社して来て、やっと胸をなで下ろしました。
以降は、幹部に通訳をお願いし、本題の相談に移りました。

外国出身の社長の悩み

同社は、設計をメイン業務とし、主要工程は、遠方の外部メーカーに委託しています。
「これまで、馴染みの会社(社長)どうしの信頼関係で、大過なくやって来られたが、双方ともに次代への事業承継へとシフトしつつあり、技術ノウハウ等の守秘についてクチ約束ではなく、書面での約束(契約書)に切り替えたい、具体的にどうアクションすべきか?」と、切り出されました。

技術に自信はあっても、契約には疎く、「まず、なにをすべきか見当がつかない」とのこと。

当方から「それは妙ですね、大手の取引先(客先)から署名を求められた何らかの契約書面が、社内のどこかに、しまってあるハズです」と訊(ただ)し、堅牢な金庫に保管されていた有力企業との取引基本契約書を見せてもらいました。

和文の契約書ですから、社長にはハードルが高かったのかも知れません。
また、幹部は「契約書の存在は承知していたが、中身の確認まではしていない(=条文をほとんど読んでいない)」と言うのです。

ざっと眺め、分厚い契約書中の「秘密保持条項」「知財関連条項」にフォーカスを当て、「片務契約になっていること」、「成果物の権利の帰属について、相談者に不利な内容になっていること」などを、条文に即して具体的に指摘し、次第に不安げな表情になって行く社長、幹部に、「それ以外の条項についても、仔細に確認してください」と、強く促しました。

契約を敬遠しないで

事業全般においても、企業秘密の管理においても、契約は、絶対に避けて通れない超重要事項です。

秘密保持契約(NDA:“Non Disclosure Agreements”)だけ取り上げてみても、
対取引先、対共同開発・業務提携パートナー、対自社従業員(入社時、開発チーム参加時、退社時)等々、相手も、目的・シーンも、実に様々のものが必要です。

契約を、単なるセレモニー、気休め程度に甘く見て「面倒だし、なるべく関わりたくない」と、取引先が作った契約書に、内容をじゅうぶん確認もせず署名してしまっているケースが散見されます。

契約(作成)をマスターするには

契約は「AIの得意分野」と、言われているくらいですから、場数を踏んで慣れれば、それほど難しいものではありません。

とは言っても、ネットからダウンロードした雛形を、そっくり流用したり、独学で最初から自己流で取り組んだりするのは、お薦めできません。

初心者の段階では、例えば、取引先と既に取り交わしている現行の契約書を、じっくり読み直し、疑問点、納得行かぬ点、理解できない条文などをまとめ、プロ(弁護士等の専門家)にぶつけ、「どのような内容・文言にすべきだったか」、「不足条項はないか」など、丁寧かつ実践的な指導を受けることが、非常に有効です。

その際、ついでに、「契約書特有の言い回し」なども、マスターしてしまいましょう。

各都道府県の知財総合支援窓口(ナビダイヤル:0570-082100)では、契約に精通し、知財にも詳しい弁護士の相談会(予約制、無料)を定期的に開催していますので、ぜひご活用下さい。

「先手必勝」で、事業を守りましょう

そして、契約がある程度分かって来たら、取引先が作成した書面を受け取ってから検討を開始するのではなく、「当社で作った案文があるので、検討してください」と、相手に先んじて渡せるように、常に「自社(に有利な内容)の雛形の準備をしておくこと」が、取引においては、重要なポイントです。

取引先との間で、深刻なトラブルが起きたときに、「(チェックせず見落とした)契約内容で臍(ほぞ)を噛む」ことのないよう、敬遠せずに、面倒がらずに、専門家の教えも請うて、「平時のときこそ有事の備え」を、しておきましょう。

第21回 虎の子技術の伝承に「女性活躍?」―「職人ワザ」どう守っていますか? ―/小原アドバイザー

「社長のプレゼン」に受講者殺到

先日、支援先企業の社長がプレゼンター、私がアシスタントを務める講演会がありました。

「経営者が、自社の企業秘密管理実践例を語る」企画が見事に的中、様々な業種から聴講希望者が殺到し、急遽、収容人数100名超の大教室に変更してもなお「満員札止め」の大人気で、当日を迎えました。

技術伝承のウルトラC

父親が創業した金属精密加工の町工場を引き継いだ直後、二代目若社長の前に、最初に大きく立ちはだかった障壁は、「ベテラン職人たちのマネジメント、彼らからの技術伝承」でした。

永年先代に仕えてきた彼らは、二代目を、なかなか受け入れ難かったのです。

マネジメントが、思うように行かぬことを思い悩み、八方塞がりの日々・・・
そんなある日、飛び切り頑固な職人が、自分には決して見せない(娘や孫に接する時のような)柔和な表情で、女性社員に語りかけている光景が目に入りました。
それを見た新社長は、「これだ!」と、膝を打ったそうです。

折よく、より高精度の顧客ニーズに応えるべく更新を進めていた最新鋭工作機械が、オペレーターの安全面にも充分配慮され、女性にも扱うことができるようになっていました。
それが「社長の閃き」実現の大きな追い風にもなり、その後、同社は、積極的に、現場の技能職に女性の採用を進めました。

すると、新社長の言うことに耳を傾けなかったベテラン職人たちが、いつの間にか、ぎこちなく慣れぬ手つきで加工機と格闘する彼女たちに、熱心なハンズオン(手取り足取り)指導を始め、彼ら「ベテランのウデ」は、徐々に彼女たちに伝承されていきました。

企業のドラスティックな様変わり

技術の伝承が進んでいった同社加工職場は、達人たちの衣鉢を継いだ女性たちが活躍する場にスッカリ「代がわり」。

ふとした気づきがキッカケで「女性が活躍できる職場を」目指したことによる逆転満塁ホームラン的エピソードは、満員の会場を大いに沸かせ、その後に続いた秘密管理導入事例の紹介も、ひじょうに説得力あるものになって、社長セミナーは、拍手大喝采で、お開きとなりました。

同社は、二代目のリーダーシップのもと、工場隣接地に社屋を増築し、ロボット化、IoT化にも積極的に取り組み、企業秘密の管理も、トップの英断で監視カメラシステムを導入するなどの徹底ぶりで、新しい時代の、女性が活躍できるユニークな超精密機械加工メーカーへと飛躍中です。

無形技術を営業秘密化するには

ベテラン技術者の「ウデに身についた技能」の伝承は、事業承継の問題と並び、多くの経営者の悩みとして、企業訪問時に良く伺う話題です。

古くは、剣法の「五輪書」や、能芸の「花伝書」といった、後世に名を残す指南書もありますが、 一般に、「職人ワザ」と称される技能は、高度なものほど手順化(文書化)に馴染まない傾向があります。

なかでも、永年かけて培われた「名人芸」の域にまで昇華された技能は、誰にでもスンナリ受け継げるものではなく、伝承には多くの時間と、受け手側にも相当な技量・センス・精神力・鍛錬(修行)が要求されるものです。

文書化が困難な熟練者の加工テクニックについて、一連の一挙手一投足を複数アングルから動画記録して、自社オリジナルの新人向け研修教材として、後進の育成に活用している企業も少なくありません。

それらの虎の子ノウハウの詰まった記憶媒体を、先使用権(他社が後から同じ技術を権利化しても、そのワザを使って事業を続けられる通常実施権)確保のための証拠資料とするため、公証人役場で「日付の確定」まで行っている会社もあります。

上でご紹介したのは一つの成功例ですが、企業・職場の職場や体制によって、技能を伝承する際の課題は様々で、会社・職場ごとにこの課題を解決するための方策を考えなければいけないでしょう。

「ワザの伝承での困った」があったら

職人ワザの伝承に関して、考えあぐねておられるなら、ぜひ「営業秘密110番」に、ご一報ください。

みなさんそれぞれの企業環境に合った方法を一緒に考え、あなたの会社の「虎の子の無形技術」を営業秘密として大切に守る方法を、ご指南いたします。

最終更新日:2021年 8月25日

この記事に関するお問合わせ先

知財戦略部 営業秘密管理担当